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邑南のお宝(石見地域)
仮屋銅鐸出土地(かりやどうたくしゅつどち) 邑南町指定文化財(史跡)
今から100年以上前の大正3(1914)年9月9日、山林を耕しているときに銅鐸が2個発見されました。
その2つは、文様から「流水文銅鐸」と「袈裟襷文銅鐸」と呼ばれているものです。
発見された銅鐸は、現在東京国立博物館の収蔵となっています。邑南町にはレプリカが残されています。


流水文銅鐸:流水文(りゅうすいもん)は、平行線とそれを結ぶ弧線によって構成された(水の流れを表している)文様です。

袈裟襷文銅鐸:袈裟襷文(けさだすきもん)は、縦横に直交する(袈裟を縫い合わせた形に似ている)文様です。
旧山崎家住宅(きゅうやまさきけじゅうたく) 邑南町指定文化財(建築物)
平成10年4月17日に邑南町の文化財に指定されています
○山崎家について
・山崎家の屋号は隅屋(すみや)といいます
・日貫の庄屋をつとめていました。庄屋は村役人・町役人のひとつ役目で町や村の代表者です。庄屋は村民から信頼されていないとできない仕事です。
・「山崎」の名字が初めて書物に出てきたのが今から約350年前の明暦元(1665)年のことです。
・14代の重樹さんは今から約120年前の明治18年に銀行をつくりました。
○建物について
・安永8(1779)年建築(山崎家所蔵板図より)
・安永5(1776)年に日貫の町が燃えてしまう大火事がありました。その当時の山崎家は診療所の位置にありました。
・離れと2階建て部分は昭和13(1938)年につくられました。
・昭和58(1983)年の災害により、建物前の門や土蔵がこわれてしまいました。

昭和3年6月の隅屋(家の左側に大きな蔵と塀の前に太鼓橋が見えます。昭和58年の水害で流されて今はありません。)

鹿子原の虫送り踊り(かねこばらのむしおくりおどり) 島根県指定無形民俗文化財
鹿子原の虫送り踊りの起源は明らかではありませんが、戦時中も休むことなく、鹿子原集落の全戸が会員となって、200年以上続けられていると言われています。
毎年7月20日の土用の入りに、集落の氏神である三穂両神社からスタートし、道行きで商店街や公共施設などで踊りを披露し、最後に諏訪神社に奉納します。
藁で作った実盛人形を先頭に、短冊もち3名、笛・鉦(かね)・唄各1名、小太鼓(はやし子)3名、大太鼓(踊り)6名という構成で、踊りは大踊りと小踊りがあり、大踊りは大太鼓6名で全12種、小踊りは小太鼓が加わり9名で3種を踊ります。全てを通すと1時間近くかかりますが、踊る場所、条件によって15分から30分前後で構成されています。
かつて虫送りの風習は全国各地でみられましたが、農薬の普及や少子高齢化によって、鹿子原のような原型を残すものは稀少となっています。笠につけた「虫垂(むしだれ)」や「まじない」を書いた「短冊」などに、稲を荒らす害虫を集めて、太鼓や笛、鉦などを鳴らしながら村境へ送り出す豊作祈願の儀式です。また一方で、平家の武将であった斎藤別当実盛が敗走した際、稲の切り株につまづいて転び、敵方にとらえられて処刑されたため、実盛が稲を食い荒らす害虫になったとされ、彼の霊を慰めることを目的とした儀式とされ、鹿子原の虫送り踊りは前者と後者の合体型ともいわれています。


国名勝 千丈渓(せんじょうけい)
邑南町日和から江津市桜江町江尾までの間、川が岩をけずって作った全長4.8キロのとても長くてきれいな谷です。この千丈渓の見どころは3つあります。
1. 「水と岩の芸術」が見られる!
長い年月をかけて、川の水が大きな岩をけずって今の形になりました。
・24個の見どころ:歩いていると「千丈渓24景」と呼ばれる、24個もきれいな景色を見られます。
・不思議な岩:畳100枚分もあるといわれている広い平らな岩「千畳敷(せんじょうじき)」や、深い水たまりなど、おもしろい形の岩や川の様子が見られます。
2. 迫力満点の滝がたくさん!
千丈渓にはたくさんの滝がありますが、特に有名なのが「白藤(しらふじ)の滝」です。
・高さは約40メートル:ビル10階分くらいの高さから水が落ちてくる千丈渓で一番立派な滝です。
・他にも、3段になって落ちる滝の「一の滝(いちのたき)」や白藤の滝とセットで見られる「紅葉滝(もみじたき)」など、いくつもの滝を歩きながら見ることができます 。
3. 四季で景色が変わる!
いつ行ってもきれいですが、季節によって全く違う表情を見せてくれます。
・春:木々が新しい緑でいっぱいになり、キラキラしています
・秋:紅葉(もみじ)で山が赤や黄色に染まり、とても鮮やかです。

国名勝 断魚渓(だんぎょけい)
断魚渓は、とても力強い川と不思議な形の大きな岩がたくさんある自然の迷路のような場所です。この断魚渓の見どころは3つあります。
1.「魚が通れない」といわれる場所
「断魚」には「魚をさえぎる」という意味があります。昔の人は、川にある大きな段差や激しい水の流れを見て、「ここは、泳ぎが得意なアユでさえ登れないくらいすごい場所だ!」と思ってこの名前をつけたと言われています。
2.かたい岩がけずれてできた景色
むかし火山の活動でできた「流紋岩(りゅうもんがん)」というすごく硬い岩が、長い長い時間をかけて川の水にけずられて、デコボコしたり深い溝ができたりして、今の不思議な景色になりました。
3.おもしろい形の岩がいっぱい
約4kmも続く川沿いには、変わった形の岩や、24箇所もの美しい景色(二十四景)があります。
・千畳敷(せんじょうじき):畳を1000枚も敷けるくらい広くて平らな岩の上を、川が流れています。
・ポットホール: 岩に丸い穴が空いている不思議な場所が見られます。

割田古墳(わりたこふん) 島根県指定史跡
田んぼの耕作のため大部分がこわされていますが、昭和44(1969)年の調査によって直径10m前後の大きさの円墳であったことが分かりました。昭和45(1970)年に復元工事を行いました。

諏訪神社参道杉並木(すわじんじゃさんどうすぎなみき) 島根県指定天然記念物
矢上諏訪神社の参道両側に杉の巨木が並んで植えられています。石段から随神門までの62mの間に、右側に12本、左側に7本、随神門の横に2本の計21本が数えることができました。樹高27~30m、胸高周2.33~4.60mの大きさがあります。平成16(2004)年10月の台風により随神門付近の3本が倒木する被害が起こりました。そのため、現在3本少ない、18本が文化財指定となっています。


境内に船の形をした石が「船石」として祀られています。

木造大日如来像(もくぞうだいにちにょらいぞう) 邑南町指定文化財(彫刻)
中野西隆寺(さいりゅうじ)は、元享元(1321)年にできたと伝えられています。本尊の大日如来像は中野賀茂神社(かもじんじゃ)の三重塔(さんじゅうのとう)に祀られていたものとも伝えられています。

第二次世界大戦中に松根油(松の根っこからとる油)を作った時のドラム缶がつり鐘として使用されてます。

木造釈迦如来立像(もくぞうしゃかにょらいりつぞう) 邑南町指定文化財(彫刻)
天蔵寺は、雲井城の城主である久永氏の菩提寺(ご先祖さま(ひいおじいちゃんや、もっと昔の人たち)が、ずっとお世話になっているお寺)でした。大永3(1523)年に禅宗から浄土真宗に改宗しました。その後、天文13(1544)年に雲井城が落城したとき、住職が出雲に移ったため10年以上住職がいない状況でした。永禄年中(1558年から1570年までの戦国時代)に吉川家の家臣田村与左衛門が本尊を守っていました。

平原のしだれ桜 邑南町指定文化財(天然記念物)
日貫の東屋集落にしだれ桜があります。木の高さは11.5m、幹の周りの大きさは2.2m、枝張りは東西南北とも8mを超えます。樹齢は350年と推定されています。地区の象徴として手厚く保護されています。


